ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

周遊する蒸気船

フォックス社、1935 年公開のジョン・フォード監督作品。原題は、“Steamboat Round the Bend”。

「ウィル・ロジャース三部作」と呼ばれる一連のフォードの人情喜劇のひとつで 『ドクター・ブル』(1933)、『プリースト判事』(1934) に引続く最終作にあたる。

この映画は 1935 年の 5 月から 6 月にかけて撮影されており、ウィル・ロジャースは同年 8 月 15 日に飛行機事故で亡くなってしまう。映画が公開されたのは亡くなった後の 9 月 6 日である。

投縄を得意芸として、その芸が有名となるきっかけでもあったロジャースだが、この作品でも二度ほど投縄をみせる場面がある。特に後半の船のレースの最中に、甥の殺人が正当防衛であることを証言できる、預言者モーゼの生まれ変りを自称するニュー・モーゼ (バートン・チャーチル) を河岸に発見し、岸へと寄せた蒸気船から縄を投げ文字通りその宣教師を捕獲して船へと引揚げる場面は見ものである。

脚本は『若き日のリンカーン』(1939) や 『モホークの太鼓』(1939) や ウィリアム・ウェルマンの『牛泥棒』(1943) を担当することになるラマー・トロッテイとダドリー・ニコルズが参加しており、撮影はジョージ・シュナイダーマンで、この時期のフォード作品ではお馴染みの顔ぶれとなっている。主演の女優は『赤毛のアン』の主人公を演じた由縁から同姓同名の芸名となったアン・シャーリー ( 『赤毛のアン』に倣っていえば、アンは、“Anne with an E” ) 。助演は一癖ある役者達が揃っているが、その一人にフランシス・フォードもいる。

タイトルに続くオープニング画面ですでに見るものを武装解除してしまう。1890 年代のディキシー・ランドを再現する、その最初のショットは、手前の河辺に風で木の葉がそよ揺れている太い木々を逆光であしらい、向こうに見えるミシシッピ川には煙突から煙を風にたなびかせている蒸気船がこちらに向かって滑ってきている。そう、この映画の真の主人公はミシシッピ川を往来する蒸気船であり、ロジャースはフランシス・フォードに “A steamboat is a female.” と語っている。

ジャン・ルノワールの『素晴らしき放浪者』(1932) だけが対抗できるような、上映時間 80 分あまりを人を幸福にせずにおかない生き生きとした細部で充たした作品を見ていると、現代の作品がいかに冗長であるかということに改めて気づかされたりもする。

たとえば、殺人の罪で自首したロジャースの甥のデューク (ジョン・マグワイア) の裁判へ出かけるためにウィル・ロジャースとアン・シャーリー が道を歩いているショットがある。シャーリーは、ロジャースから貰った古風なスカートの裾が拡がった服と、つばがあり長いリボンが垂れた帽子で素敵に装って日傘を片手でさしている。そのショットの直後では、無人の傍聴席の裁判所の室内がまず示され、キャメラが左にパンすると端の方の席に肩を落として並んで座っているロジャースとシャーリーがいきなり示され、マグワイアの裁判が不調に終わったことをそれだけで語っている。

また、牢の鉄格子のある窓越しにシャーリーとマグワイアが見つめ合い改めて愛を確認したその直後に、刑務所内で執り行われる二人の結婚式の場面へつながっていくところも同じである。

このような大胆さがフォードなのだが、大胆さだけでなく、結婚式の後の場面でなんとかマグワイアを逃がそうと、保安官のライフルを奪い保安官に銃口を向ける新婦のシャーリーが、新郎に説得されてライフルを返した後、列車で護送されていく夫を見送るために手を振るその指に結婚指輪があることをごく慎ましやかに示す繊細さもまたフォードである。

冒頭の場面にしたところで、蒸気船の甲板で、飲酒を戒める布教をしているニュー・モーゼと、薬と誤魔化して酒を売っているウィル・ロジャースを対比させ、その両方にフランシス・フォードを絡めるあたりの呼吸も伏線として申し分ない簡潔な掴みであると思う。

後半の大砲の号砲とともに始まる蒸気船レース!『マルクスの二挺拳銃』(1940) で蒸気船を蒸気機関車に替えて反復されることになるこの名高いシーンで、ボイラーにくべる木材が尽きてくると、船の甲板や備え付けのボート、机や椅子が壊されてくべられ、さらに金を稼ぐために船に積んで見世物にしていたロウ人形が数十体も燃やされ、最後には薬として売り歩いていた酒がくべられていく。

炉に瓶ごと次々に放り込まれていく酒が燃え上がり、炎が威勢よくパッと吹き上がる瞬間、ボイラーは歓喜に耐えかねたかのようにガタガタと身悶えし、蒸気が船の煙突から威勢よくモクモクあがり、回転輪は壊れんばかりに水を掻き、船はもの凄い速度で走り出す。舵を取っているアン・シャーリーはおもわず汽笛をひき鳴らしてそれに応える。その表情にはまるで船の気持ちを代弁するかのような素晴らしく誇らしげな微笑みが浮かんでいる。

そしてこのレースの場面は、フォードが影響を受けた D・W・グリフィスよろしく、絞首刑台に立つデュークとの並行モンタージュによるラスト・ミニッツ・レスキューとして示されている。


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