ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

哀しいほど元気だった

去る 3 月 30 日に DVD が発売された『息の跡』(2015) を再々見した。作品が素晴らしいのはもちろんだが、小森はるか監督のこの作品に親しみを感じるのは、まるで日本の製造業に活気があった頃の現場のようだと感じたせいかもしれない。学生時代に講義を受けた思い出がある吉川弘之先生は、最近、当時をこう回顧されていた。

戦後、大学で学んだ若いエンジニアは工場に配属され、工員さんと一緒に働いた。50 歳ぐらいのおばちゃんのアイデアをエンジニアが生かして「一円もうかった」とみんなで盛り上がった。現場は哀しいほど元気だった。

小森さんと佐藤さんの関係は、そのような若いエンジニアと年配の現場の人の関係にどこかしら似ている。そして、小森さんが当時の製造現場よりも更に素晴らしいと思うのは、そうした細部をきちんと表現し記録して後の時代に残そうと明確に考えていることである。日本の過去の製造現場では、生産技術はその会社の独自なノウハウだと考えられ門外不出とされていたためか、小森さんのような試みは少ないように思う。当時間違いなく世界一であり、外国企業がなんとか日本から学ぼうとさえしたものが、あまりにも簡単に忘却、清算されてゆく。現場の知恵を蓄積し、共有し、そこから新しい価値を見つけ出すことは当然必要なことで、そのために ICT をどんどん活用すればよいと思う。しかし、鶴田浩二風に言えば (「古い人間とお思いでしょうが」)、単なるデータの収集、確認、解析の手段であるネットのコミュニケーションに対して、他者と直接触れ合い、対話しながら、自分自身も変わっていく体験ができるリアルなコミュニケーションの力を侮ってはいけない。こんなことを書くのは文芸誌「新潮」のアンケートに野田秀樹が次のように書いていて、笑ってしまったためである。

平成の世に生まれたのが、スタバみたいなコーヒーショップで、若いカップルが、入って来るなりドカッと椅子に座り、お互い目も合わせず「いきなりスマホをいじり始める仕草」である。


息の跡 [DVD]

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