ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

祇園の姉妹 / 残菊物語

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1936 年というと、日本では、2.26 事件が起き東京に戒厳令がひかれた年にあたるが、この年、日本映画に奇跡が起きる。「第一映画社」という、いささか胡散臭い映画会社から、女性映画を専門にした溝口健二監督によって『浪華悲歌』『祇園の姉妹』という二本の作品が公開されたのだ。ヒロインは、両作とも二十歳になったかならないかの山田五十鈴という女優である。日本映画は、この時、間違いなく世界最高水準に達してしまった。なぜ、世界最高水準となったかはわからない。しかし、溝口健二監督と山田五十鈴の遭遇は映画史で滅多に起きない奇跡であったことは確かである。とくに『祇園の姉妹』。この作品が間違いなく、途方もないものだと誰もが確信できる瞬間がある。冒頭、山田五十鈴が欠伸をしながら下着姿で登場して、あのふくよかとは言えない胸を晒す瞬間である。この映画の成功は間違いなく、山田五十鈴があの平坦な胸を晒してみせたからであることはわかる。しかし、あのシーンを何回見ても、未だにそれが何故すごいのか、その秘密がわからないでいる。

 

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溝口健二監督の『残菊物語』(1939) は、危篤のお徳に「もう船が出るんでしょう」と言わせることで、どうしようもないまでに異様に感動してしまう「船乗り込み」のシーンが存在するが、そこでは、いままでは見せていなかった道頓堀の水面がこの作品ではじめて黒々と映しだされ、そこに夜の照明が反射している。そして、その川面を静かに滑る船の運動感は、まさに映画の考古学的な感動である。

蓮實さんと濱口監督の対談にも出てくるこの映画だが、この作品は視覚上の主題的な類似が全く指摘できないわけではない。実際、そこには冒頭の四谷怪談の「戸板返し」のシーンとの関連を考えざるをえないように、森赫子(かくこ)が演じる「お徳」と花柳章太郎が演じる「尾上菊之助」がそれぞれ、階段の下から見えない相手を探して見上げるショットが存在している。

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上の写真でお徳が見上げているのは、名古屋の芝居小屋の「奈落」においてである。再起をかけた菊之助の舞台を袖からは見ておられず「奈落」へと駆け降り、そこに祀られたお稲荷様に祈った後、物理的には見えない菊之助を階段の下から見上げている。

下の写真は、菊之助が「船乗り込み」に出かける場面で、かつて一緒に暮らしていた家の二階に危篤となって臥せている、やはりその位置からは物理的に見えないお徳を見上げている。

物語としては、それぞれ作品の最も重要といえる場面である。この作品は、最初の「戸板返し」を起点として、菊之助とお徳に同じ仕草を裏返しで演じさせる視覚的「主題」形式をもっている。

 

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