シンセシス (3)

今まで述べたような側面がある一方で、蓮實重彦ドゥルーズの著作のひとつを『マゾッホとサド』という邦題で翻訳したように、本来、それぞれの領域は絶対的な差異として存在しており、両者の間には多様な関係があって良いはずのものを安易な一般概念で重ね合わせてしまうことを批判している。『マゾッホとサド』の場合は、マゾヒズムの反転としてのサディズムサディズムの反転としてのマゾヒズムといった錯覚にすぎない「一般的」前提を固定し流通させてしまう概念の結合が、批判すべきその「安易さ」となっている。概念同士の「重なり」の適用は、それが人を不意撃ちすることで、より豊かな具体的で多様で開かれた質的に異なる関係へ向けた思考を開始させるものでなければならず、また本来絶対的に異なるものがどんな場でお互いに遭遇しうるのかの条件が明らかにされた上での話である。中心的と一般的に了解されている偽であったりセコハンとなった関係を「切断」したり「否認」することが創造に繋がる場合もあるのである。