シンセシス (2)

蓮實重彦に関してはその比喩においてもアブダクション的なものを感じる。たとえば、この前の「群像」の1月号に掲載されていた「パンダと憲法」にしたところで、「民主主義は体質的に好きになれない」といいながら、論理的に説明できないので比喩を使うしかないといって、「民主主義」を「ボージョレ・ヌーボー」「ジャイアント・パンダ」「駅伝」にそれぞれ喩えていたが、これらの比喩は通常とは異なり、いったいそれぞれの対にどんな「重な」ったところがあるのかアブダクションが必要とされるという点で、「アブダクション型の比喩」と秘かに命名したものである。

 

正確な文章は忘れたが、「民主主義」は「ジャイアント・パンダ」という中国産の大きな動物が、人的に統御しない限り嫡出子を残すことすらできないように「怠惰」であり、「ボージョレ・ヌーボー」のように「芳醇さ」に欠け、「駅伝」がオリンピックの長距離でメダルを取るという目的からするとまったく役に立たないような「無駄」をしているということだったと思う。