猿飛勘太

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 フランク・タトル監督の『猿飛勘太』(1926, Kid Boots) は、エディー・カンターが初めて主演した映画であり相手役はクララ・ボウが演じている。エディー・カンターはいうまでもなくフローレンツ・ジーグフェルドのレヴューで人気をえた人で、歌手、コメディアン、俳優等で幅広く活躍した。日本では「勘太」の愛称で親しまれ「日本の喜劇王」といわれた榎本健一(エノケン)が、そのスタイルをお手本にした人である。クララ・ボウは、1927 年に “It" に主演したから、この時期はまさに売り出し中であった頃である。この作品は、最初のタイトル画面に “Florentz Ziegfeld’s clelebrated stage success” とあるようにもともとは、ジーグフェルドの舞台プロダクションを映画化したもので、カンターは舞台でも主役を演じていた。パラマウント(ジェシー・ラスキー) とジーグフェルドが共同で映画を作ったのはこの作品が初めてらしく、この作品が成功したことで次回以降の作品共同製作の契約が両者間で締結されたらしい。なお、サミュエル・ゴールドウィンとジーグフェルドの共同プロダクションは、1930 年の ”Whoopee!” からであり、『突貫勘太』(Palmy Days) は 1931 年の作品である。

 

とりあえず、YouTube でしか見られないのでYouTube で見たのだが、

 

ともかく最高に面白い

 

見さえすればその面白さは誰でもわかると思うし、上映時間もわずか 1 時間程なので、内容についてくどくどと書く必要性を認めないが、最後のカンターとボウが馬で断崖の細い道を疾走するところの「活動写真」ぶりは必見である!なぜ、このような邦題がつけられたかは、その画面を実際に見たものだけが納得できる。

 

 

※ 戦前に日本でも大ヒットした曲「ダイナ」(Dinah) は、もともとジーグフェルドの舞台プロダクションの方の “Kid Boots” のフィナーレにおいて使われた曲である。演奏は  George Olsen 楽団であったという。