Japanese Mammy

ジョージ・ガーシュインが有名になったのは、1919 年作曲の Swanee をアル・ジョルスンが歌ってからだとされているのは周知だろう。

 

 

同じく周知なのは、『ラプソディー・イン・ブルー』の作曲をガーシュインに依頼し、初演したのがポール・ホワイトマンであったということである。今も残っているそのレコーディングは、ガーシュイン自身がピアノを弾いているのだが、この時代はまだ空気の振動を直接レコードの溝を切るカッターに伝える空気式レコーディングである。

 

 

頭の中に枠を作らないと人間、思考ができないのは知っているが、その枠を超えない限り創造は生まれないのも事実である。ポール・ホワイトマンの音楽がジャズであるとかないとかはどっちでもいいことだ。やすやすと越境してみせることがジャズの美しさではなかったのか。

 

閑話休題。ポール・ホワイトマンには “Japanese Mammy” という曲もあることを補足しておきたかっただけである。

 

 

最後に補足として、前に Ramona を紹介したときに、当時ポール・ホワイトマン楽団にいた Bix Beiderbecke が演奏に参加しているというコメントを忘れていたので、もう一度紹介。

 

 

レコードの裏面はこの曲だった。