おもしろい (4)

もっと端的な例だと、「光」が主題となって物語の語りを分節する場合には、「光」の表情の変化が様々に記述される。森鷗外の「舞姫」を例にとってみる。


物語は、主人公の豊太郎が船に乗って日本へと向かう帰路、船がセイゴン(サイゴン)に寄港した場面から始まっており、豊太郎は誰もいない船の中等室の電灯の下で、明かりがついている間、回想を綴ってみるということになっている。

 

石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓(つくえ)のほとりはいと靜(しずか)にて、熾熱燈(しねつとう)の光の晴れがましきも徒(いたづら)なり。今宵(こよい)は夜毎(よごと)にこゝに集ひ來る骨牌(かるた)仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。

 

その回想の中で、ベルリンに着いた豊太郎がまず、注目したのは大都市の「光彩」であり「色沢」である。

 

余(よ)は模糊(もこ)たる功名の念と、檢束(けんそく、注:自由を抑制すること)に慣れたる勉強力とを持ちて、忽(たちま)ちこの歐羅巴(ヨーロッパ)の新大都の中央に立てり。何等の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色澤(しきたく)ぞ、 我心を迷はさむとするは。

 

豊太郎がエリスと初めて出逢うのはクロステル街の夕暮れどきである。豊太郎は煌々とした明かりには空しさを感じ、ウンテル・デン・リンデンの華やかな光を見ても心を動かされることはないが、薄暗い光、ほのかな光には心を動かさずにはいられない。

 

ある日の夕暮なりしが、余(よ)は獸苑を漫歩して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、我(わ)がモンビシユウ街の僑居(きょうきょ、注:仮の住まい)に歸(かえ)らんと、クロステル巷の古寺の前に來ぬ。余(よ)は燈火の海を渡り來て、この狹く薄暗き巷に入り、

 

豊太郎がエリスと初めて出逢う場面も、薄暗い光の中においてであり、彼はエリスの家に行き、部屋の灯火のもとエリスを見る。そして、ほのかな灯火そのもののように、「微紅(うすくれない)を潮(さ)した」エリスに豊太郎は決定的に惹かれることになる。この後、豊太郎は、留学仲間や上司によって非難され、職を追われた後、エリスと決定的に結ばれると作品にはあるが、主題的には、豊太郎とエリスはこの瞬間に決定的に結ばれたのである。

 

彼(=エリス)は優(すぐ)れて美なり。乳(ち)の如(ごと)き色の顏は燈火(ともしび)に映じて微紅(うすくれない)を潮(さ)したり

 

豊太郎はエリスの家に移り、二人で生活をすることになる。「我(わが)学問は荒みぬ」などと、二回も繰り返しているが、生活は幸福感に満ちている。

 

我(わが)學問は荒(すさ)みぬ。屋根裏の一燈(いっとう)微(かすか)に燃えて、エリスが劇場よりかへりて、椅(いす)に寄りて縫ものなどする側の机にて、余は新聞の原稿を書けり。

 

エリスは妊娠するが、日本から友人である相沢謙吉がやってきて、豊太郎は復職する路が開け、日本に戻ることを約束してしまう。そのことをエリスに告げられない豊太郎は、雪の中を彷徨し、ついにはエリスと暮らしている四階の屋根裏部屋に戻るわけだが、その場面がどう描写されているかを下に見てみる。

 

四階の屋根裏には、エリスはまだ寢(い)ねずと覺(おぼ)ぼしく、烱然(けいぜん)たる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺(さぎ)の如き雪片に、乍(たちま)ち掩はれ、乍ちまた顯(かく)れて、風に弄(もてあそ)ばるゝに似たり

 

この雪に見え隠れする灯りの描写は、運命に弄ばれる二人の関係を象徴するような描写で凡庸といえば凡庸なメロドラマ的描写とも言えるが、二人の関係を「灯り」を主題として描いている「話者」であれば、こう書きたくなるところだろう。

 

こうして、豊太郎は人事不省に陥り、意識がない間に友人の相沢謙吉がやってきて、エリスに豊太郎が日本へ帰るつもりであることを告げ、それを聞いたエリスは狂ってしまうわけだが、豊太郎が意識を取り戻した時の描写を見てみる。

 

余は始めて病牀に侍するエリスを見て、その變(かわ)りたる姿に驚きぬ。彼(=エリス)はこの數週(すうしゅう)の内にいたく 痩(や)せて、血走りし目は窪み、灰色の頬は落ちたり

 

「乳(ち)の如(ごと)き色の顏は燈火(ともしび)に映じて微紅(うすくれない)を潮(さ)したり」と描写されていたエリスの顔は、この場面では「灰色の頬は落ちたり」と描写されている。灯火は完全に落ちて、灰になってしまったのだ。


この救いようのない作品でも、豊太郎が相沢謙吉の上司にあたる天方伯爵と一緒にロシアに出張し、二十日ほどエリスと豊太郎が離ればなれになった後、再会する場面の描写は素晴らしいと思う。ここでも二人の再会を活気づけるような光の描写がある。

 

停車場に別を告げて、我家をさして車を驅(か)りつ。こゝにては今も除夜に眠らず、元旦に眠るが習なれば、萬戸(ばんこ)寂然たり。寒さは強く、路上の雪は稜角(かど)ある氷片となりて、晴れたる日に映じ、きら/\と輝けり。車はクロステル街に曲りて、家の入口に駐(と)まりぬ。この時(まど)を開く音せしが、車よりは見えず。馭丁に「カバン」持たせて梯(はしご)を登らんとする程に、エリスの梯(はしご)を駈け下るに逢ひぬ。彼(=エリス)が一聲(せい)叫びて我頸(うなじ)を抱きしを見て馭丁(ぎょしゃ)は呆(あき)れたる面もちにて、何やらむ髭(ひげ)の内にて云ひしが聞えず。「善くぞ歸(かえ)り來玉(たま)ひし。歸り來玉(たま)はずば我命は絶えなんを。」我心はこの時までも定まらず、故郷を憶(おも)ふ念と榮達(えいたつ)を求むる心とは、時として愛情を壓(あっ)せんとせしが、唯(た)だ此(この)一刹那(せつな)、低徊踟(ていかいちちゅう)の思は去りて、余は彼(=エリス)を抱き、彼(か)の頭は我(わが)肩に倚(より)りて、彼が喜びの涙ははら/\と肩の上に落ちぬ。「幾階か持ちて行くべき。」と鑼(どら)の如く叫びし馭丁(ぎょしゃ)は、いち早く登りて梯(はしご)の上に立てり。戸の外に出迎へしエリスが母に、馭丁(ぎょしゃ)を勞(ねぎら)ひ玉(たま)へと銀貨をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。一瞥(いちべつ)して余は驚きぬ、机の上には白き木綿、白き「レエス」などを堆(うづたか)く積み上げたれば。エリスは打笑みつゝこれを指して、「何とか見玉(たま)ふ、この心がまへを。」といひつゝ一つの木綿(もめん)ぎれを取上ぐるを見れば襁褓(むつき)なりき。「わが心の樂しさを思ひ玉(たま)へ。産れん子は君に似て黒き瞳子(ひとみ)をや持ちたらん。この瞳子(ひとみ)。嗚呼(ああ)、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉(たま)はじ。」彼(=エリス)は頭(こうべ)を垂れたり。「穉(おさな)しと笑ひ玉(たま)はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」見上げたる目には涙滿ちたり。