レッド・ニコルズ

フローベルの「愚かさとは、結論せずにはいられない心の動きにもとづくものである」という言葉は、蓮實重彦から教わったが、その個人的応用範囲は最近、ますます拡がってきており、たとえば「賞味期限」を過ぎた食品が一律に処分されているといった事態でさえその現れの一つだと、そろそろ労働価値としての「賞味期限」が近づいている自分は思ったりもしたりする。もちろん、創造とはそういった「愚かさ」から産まれてくる以上、必要なものであると思って共存しようと思っているのだが、だからといって「愚かさ」にさらに細部の「愚かさ」を加えていって増殖させ、人間を閉塞させていくことに対しては正直辟易している。こういった確固とした原理に基づいているとはとても思えない「愚かさ」が「一律」に適用されるのは複雑な手続きを避けるためとか、経済的な問題とかの「現実的な有効性」にもとづくということもあるのだろうが、心情的には「愚かさ」の増殖で窒息してしまうよりは、その「愚かさ」の増殖を一瞬でもいいから機能不全に陥らせることに手を貸したいと思う。そのためには、まず「確固とした原理」に基づかないものが「一律」に適用されている場合は、「まだ十分食べられる食品が処分される」とか「弱者を犠牲にする」といった社会損失が存在し、また今の時代、そこには有効なイノベーションが存在しているはずだという視点で、たとえば「一億総活躍実現本部」とかを考えてみればいいのだ。

 

愚かな記事はこれくらいにして、レッド・ニコルズの1930年の演奏を2曲聴くことにしよう。参加しているメンバーが凄い。