逆光

2013年10月発行のユリイカの特集『小津安二郎』にある蓮實重彦青山真治の『梱包と野放し』と題された対談を何かの拍子で読んでいると、蓮實がこのような作品が許されてしまう日本の社会は、50 年かけて着実に退歩していると言う山田洋次監督の『東京家族』(2013) の「 NG ショット」のひとつを取り上げている。

 

屋根の上で仕事をしている妻夫木聡を庭から蒼井優が見上げる俯瞰ショットで、彼女は太陽のほうを見て、黄色いブラウスを着て、眩しそうに手をかざして見あげる。まず、黄色のブラウスはないでしょう、真昼間に。しかも、順光で、顔にも上半身にも日が当たっている。いくら何でも、これはひどいと思いました。

 

山田洋次は本当に映画を見ているのだろうか、見た上であえて過去の模倣に失敗することで何かを創造しようとしているのかがそこでは問われなければならない。

 

小津がブラウス姿の原節子キャメラを向けるときは、なかば逆光気味の照明の中です。『東京物語』の最後で、庭先で朝日を見ていた寡夫となったばかりの笠智衆を彼女が迎えに行くとき、早朝のなかば逆光気味の風景なので、こちらに戻ってくる二人の人物像がきわだつ。

 

小津以外の監督はどうしたか?

 

小津はいうまでもなく、成瀬巳喜男も、マキノ雅弘も、戸外の女性にキャメラを向けるときは、なかば逆光気味の照明を当てていますよね。それが日本映画の伝統であり、その伝統はグリフィスからきている。その伝統は、被写体である女優への敬意の表明である。そうした伝統を断固壊そうとして、山田洋次がああした照明の中に女優をおいていたとはとても思えない。

 

これはひとつの例だが、何かを具体的に分析するために、現在眼の前にあるものの類推が、時間的、空間的にどこまで届いているかを確かめることが人文科学的な知のもっとも重要なベースにあると思う。映画は100年ちょっとの歴史しかなく、しかも肉眼で画面が確認できるのだから、そういった能力を養うにはこれ以上のものはない。

 

例えば、ビリー・ビッツァーといえば、 D. W. グリフィスの名キャメラマンであるが、彼が撮影したリリアン・ギッシュのクロースアップをいくつか断片的に見て溜息をつくだけでも蓮實さんのいっていることは事実だと確認できるだろう。リリアン・ギッシュはその豊かな髪の毛を戸外で見せてくれているショットもあるが、グリフィスが愛する他の女性達と同様に戸外では大きな帽子を被っていることが多い。それはもちろん、女優を逆光で撮影することと同じような意味をもっている。

 

女性のクロースアップを撮るときに被写体の後ろに見えないようにバックライトをおいて、髪の毛を輝かせるのは、映画が生まれて間もない頃からすでにそうであった。映画がハリウッドという聖地で撮影され始めた頃は、スタジオではなく、カリフォルニアの強い陽射しのもと、野外で女性を逆光において撮影していた映画人たちは、それが主にスタジオの中で撮影されるようになった後でも、陽光に燦めく女性の髪の毛の美しさを記憶から消し去ることなど、とうていできはしなかったに違いない。

 

ひと口にクロースアップといっても、そこにどんな途方もない努力が払われてきたのか想像の及ぶところではない。カメラの左右のいずれかの傍らからキーライトがあてられ、それによってできる強い影を消すために反対からサブライトが弱くあてられる。バックライトが髪の毛を輝かす、さらに瞳を輝かすためにフレネル・レンズを使ったスポットライトを使うといったことは、ハリウッドのスタジオ・システムではすぐにルーティンとして行われるようになり、どんなつまらない内容の映画であっても最低ラインの品質保証となるだろう。

 

バックライトは、女性を背景からくっきりと特別な存在として浮かび立たせるためにも存在する。ショット間の光の連続性(コンテュニティ)に対する配慮などどうでも良いのだ。実際、リリアンとドロシーの姉妹が向かいあっている室内場面ですら、彼女たちそれぞれのクロースアップでは、理論的にはありえなくても公平に同じバックライトが存在する。

 

背景には地味なバックが使われることが多い。背景は女性の存在をそこから際立たせるためだけに存在する。たとえ背景が地味でない場合でも、『国民の創生』のビッツアーは、カメラの絞り、つまりアイリスを画面のフレームの中にまで入れこんで背景をできるだけ隠そうとしている。

 

やがてクロースアップのために長焦点の望遠レンズが作られ、被写体深度は浅くなってそれが背景を完全にボカしてしまうことになる。名高い光学メーカーであるカール・ツァイスに特注で作らせた長焦点の「LGレンズ」は、「リリアン・ギッシュ・レンズ」という意味だが、それはグレタ・ガルボのカメラ・テストでも使われた。その種のレンズはツァイスが20年代後半に設計する前からすでに使われていた。このレンズを使ったクロースアップの撮影では、広いスタジオの隅に女優が位置し、部屋の対角線の反対側の隅にカメラを遠く置いて撮影したのである。ソフトフォーカスのレンズはいったい何本試作され実際に何本が実際に使われたのだろうか。ガーゼをかけて撮影されたり、拡散板が改良されたりもした。マックス・ファクターは、パンクロマチック・フィルムに最適なファンデーションを開発し、いまでも「パンケーキ」という名前は残っている。モノクローム・フィルムは最初赤の波長に感度を持たないオルソタイプで、そのため初期のサイレントでは女性の顔はマスクをつけたように真っ白だが肌に陰影はなかった。ハリウッドのスター・システムは一人の女優に必ず専属のキャメラマンがつくケースを産み出した。有名なのは、すでに紹介したリー・ガームスとデートリッヒ、ウィリアム・ダニエルズガルボといった組み合わせであるが、他にもまだある。

 

照明の素晴らしさを見るときに、女優の顔に美しい照明が当たっているのは黄金期のハリウッド映画では当たり前である。もう少し見るなら女優の手に綺麗な照明が当たっているかどうかを確かめてみるとよい。

 

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