ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

帝国の陰謀 / ローラ殺人事件 / ウディ・ハーマン楽団

二十歳にもなっていない大学の新入生になったばかりの者のもとへ、それを待ち続けていたわけでもないのに、これこそを待っていたんだと思わせるような『夏目漱石論』(1978)『映画の神話学』『映像の詩学』『シネマの記憶装置』『「私小説」を読む』『表層批評宣言』(1979) といった書物がたった一年あまりの間にたて続けに出現してしまう。自分にいわゆる年表的な歴史意識があるとすれば、それは「蓮實重彥」という固有名詞がもたらした「事件」があった年として記憶しているこのとき (1979 年) が最後であるような気もする。

そんな感慨に囚われたのは、最近、奥付けに 「1991 年 9 月 13 日第一刷印刷」とある『帝国の陰謀』を読み直した後、奥付けの直前の頁にある「著者略歴」のところを眺めていたからである。

その書物では「起源」を欠いた「反復」としてあたりに(複製技術によって大量に)流通する「シミュラークル」が、「形式的」な虚構にすぎなかった「起源」を量的に現実化してしまうという事態や、書かれつつある瞬間には読み手は不在で、読まれつつある瞬間には書き手は不在であるというコミュニケーションにおける「遠隔化」「遅延化」(デリダによって「差延」と呼ばれている)といった現前性の不在によるコンテクストの「曖昧化」「漂流性」が記号が体現すべきものにしばしば「無責任」ともいうべきズレを生み出すということが、すでに 19 世紀末のフランス第二帝政期において起きていたことを「ド・モルニー」という人物を召喚することで語っている。

しかし、1979 年というあの時期は、少なくとも僕にとって「蓮實重彥」という署名は「起源」としか思えなかったし、大学のゼミに行けば「現前」もしていたのだった。

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 ここからは、全然別の話題で、映画『ローラ殺人事件』 (Laura, 1944) は、マリリン・モンローの『帰らざる河』(River of No Return, 1954) を監督したオットー・プレミンジャーが、ハリウッドで初めて演出した作品である。もっとも、もともとはルーベン・マムーリアンが監督していたらしい。オットー・プレミンジャーは、オーストリア=ハンガリー帝国のヴィシュニッツに生まれ 17 歳でマックス・ラインハルト劇団に参加している。最初は俳優志望であったというが、後に舞台監督を務めるようになり、ウィリアム・ディターレとも一緒に舞台の仕事をしたことがある。また、ビリー・ワイルダーも同じオーストリア=ハンガリー帝国出身であり、二人は同郷ということになる。プレミンジャーはデビューするまで、ブーロドウェイなどで働いていた。

出演者としては、ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース、クリフトン・ウェッブ、ヴィンセント・プライス、ジュディス・アンダーソンといったところである。ヴィンセント・プライスがホラー映画で主役を張るようになるのは、まだ先の話でこのころはまだ脇役である。ジュディス・アンダーソンはヒッチコックの『レベッカ』(Rebecca, 1940) でのダンヴァース夫人の役が有名であろう。クリフトン・ウェッブは、ブロードウェイでは名優として知られていたが、本格的に映画に出演したのは、この作品が初めてである。彼はこのとき、もう 55 歳であった。ダナ・アンドリュースは、説明の必要もないだろうが、ウィリアム・ウェルマンの『牛泥棒』(The Ox-Bow Incident, 1943)、ジョン・フォードの『タバコ・ロード』(Tobacco Road, 1941) 、ウィリアム・ワイラーの『我等の生涯の最良の年』(The Best Years of Our Lives, 1946)、ジャン・ルノワールの『スワンプ・ウォーター』(Swamp Water, 1940)、ハワード・ホークスの『教授と美女』(Ball of Fire, 1941) などでおなじみの役者である。そして、ジーン・ティアニー!この当時、もっとも美しいといわれていた女優である。翌年のエルンスト・ルビッチのカラー映画『天国は待ってくれる』(Heaven Can Wait, 1943) の彼女の美しさは忘れがたい。彼女のデビュー作はヘンリー・キング監督の『地獄への道』(Jesse James, 1939) の続編でフリッツ・ラングが監督した『地獄への逆襲』(The Return of Frank James, 1940) である。

映画に出てくるローラの肖像画は絵ではなく、実際にジーン・ティアニーを白黒写真で撮影して、それを引き伸ばし、その写真を着色して仕上げたものである。室内のセット撮影が多くを占める作品で、ディテールの雰囲気がよく出ている。陰影のある撮影もすばらしく、ノワールの雰囲気もまたよくでている。謎解きを主体とするミステリー映画に傑作は少ないが、この映画はそのジャンルの数少ない傑作だと思う。

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この作品の映画音楽は非常に有名であり、いまやスタンダード・ナンバーとなっているので、聞いたことがある人は多いだろう。作曲はデイヴィッド・ラクシンによるものであるが、彼はロサンゼルスでシェーンベルグに師事して音楽を学んだ経験をもつ。映画では、歌詞がついて歌われていないが、1945 年に現在ある歌詞がジョニー・マーサ-によってつけられた。それをファースト・ハード (The First Herd) の時期のウディ・ハーマン楽団がコロンビアで録音している。

もちろん、スタンダード中のスタンダードとも言えるこの曲は無数のアーティストが演奏しているが、ここではバードの演奏だけを追加で紹介するに留める。

最後に、ファースト・ハードと呼ばれる時期のウディ・ハーマン楽団の名演奏をいくつか紹介しておこう。

Goosey Gander:

Apple Honey:

Caldonia:

Northwest Passage:

Wild Root:

Ah, Your Father’s Moustache:

Blowin’ Up a Storm:

Red Top:

Flying Home:

It Must Be Jelly:

Bijou:

 

帝国の陰謀 (ちくま学芸文庫)

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