同い年

周センが 1920 年生まれだとすれば、李香蘭と周センは、二人とも同じ年に生まれたことになる。もっとも、1937 年に『馬路天使』で主役を演じ映画の大ヒットでアイドルになった周センに対して、李香蘭は、日本と満州国ではスターだったものの、中華民国においてアイドルになるのは「賣糖歌」を歌った『萬世流芳』が大ヒットした 1943 年のことである。すでに李香蘭の「賣糖歌」は過去の記事で紹介済みだがもう一度あげておく。

 

 

 ※ さらに四方田犬彦に著作『李香蘭原節子』があるように、李香蘭原節子は同じ 1920 年生まれである。つまり、当時の中国、満州、日本を代表する女優は三人とも1920年生まれなのである。しかし、四方田の著作には周センの名前は僅かにしか出てこない。

 

李香蘭と周センが初めて出会ったのは、1944年に李香蘭が『夜来香』のレコーディングをしている最中だったときだという。

 

私は周センのファンだったし,彼女の歌が好きだった。だから前奏が終わってうたいだす直前に憧れのスターに気づいた私は,感激と興奮のあまり思わず「アイヤア! 周セン」と叫んでしまったのだった。もちろん予期せぬ間投詞の闖入で録音は NG。

 

同じく前の記事で『夜来香』という曲の2小節にわたるリズムパターンはキューバの基本リズムである「ソン・クラーベ」であると書いた。

 

 

ところで『何日君再来』もキューバのリズムというかハバネラのリズムを持っている。

 

 

今回、『何日君再来』とほぼ同じ時期に録音された下の曲を見つけたが、これは『ラ・パロマ』であり、この曲もハバネラのリズムを持っている。

 

 

なお、この動画の画面に見える『薔薇處處開』は、有名な下の曲とは異なる曲である。

 

 

上の有名な方の『薔薇處處開』は1942年のもので、もちろん下に再掲した渡邊はま子の戦後の曲の原曲である。