魚の眼

ドロレス・デル・リオに続き、ジェームズ・ウォン・ハウが、Google Doodle になっている。しかも、日本でそれが確認できる。最近、Facebook で誰も読みそうにもない「ノリが悪い」記事を書いていたのだが、いずれブログ記事に移行しようと思っていたところで、こういうイベントには同調させていただきます。それにしても、日本語の Wikipedia のなんという杜撰さ! 

 

『上海特急』(1932, Shanghai Express) の撮影はそのほとんどがハリウッドでなされたが、名キャメラマンとして知られるジェームズ・ウォン・ハウが完成はしなかったものの中国で監督、撮影したフィルムの一部が流用されているという。ハウといえば『いちごブロンド』『死刑執行人もまた死す』『成功の甘き香り』といった傑作がすぐに思いだされるが、キャリアの最初の頃はスティルカメラマンであった。オルソクロマティックという、可視光の内一部の波長域でしか充分な感度をもたないフィルムが使用されていた時代、青い眼の女優たちはその眼がガラスのように透明に写ってしまい「魚の眼」と言われるのが悩みであったらしい。ハウは、黒い光沢のあるビロードのような布をレフ板にしてその透明さを軽減することに成功し、青い眼の女優たちは皆、彼に撮影してもらいたがったという。

 

ハウはヘンリー小谷のアシスタントについて映画撮影の基礎をみな教わったと述懐している。ヘンリー小谷は、1920 年の松竹蒲田撮影所の設立とほぼ同時期に日本へ招聘され、そこでハリウッド映画の技術・ノウハウを伝えた人である。

 

『上海特急』の下のクリップを見ると、照明はバタフライ・ライティングが施されていることがわかる(鼻の下にできている黒い影が蝶のように見えるのでこういわれる)。撮影のリー・ガームスが採用したこの照明では、マレーネ・デートリッヒの頬骨のところのグラデーションが顔立ちを決定づけている。照明だけでなくデートリッヒは丈夫であった上の左右の奥歯まで抜いたのだと聞いたことがある。当時「バタフライ・ライティング」は、美人が一層美人に見えるライティングと言われていた。

 

 

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